Research
セントラルドグマの終着点である「翻訳」は、生命現象を司る最も根源的なプロセスの一つです。mRNAにコードされた遺伝暗号がアミノ酸へと変換されるこのプロセスは、古くから知られる古典的な反応と考られてきました。しかし近年の技術革新により、従来の教科書的な理解では説明できない現象が次々と明らかになっています。私たちは、最先端の解析技術を駆使し、翻訳反応によって生み出される「新生鎖」が機能的な蛋白質へと成熟するまでの動的な過程を解き明かす研究を展開しています。
細胞内のカオスが生み出す秩序:巨大複合体の精密設計を探る
細胞内は、無数の分子がひしめき合い、絶えず衝突が繰り返される「カオス」の世界です。しかし、その混沌の中にあって、巨大分複合体は驚くべき秩序をもって精密に組み上げられています。リボソームやプロテアソームといった代表的な分子機械は、教科書では完成された図として描かれますが、その生合成の道筋にはいまだ多くの空白が残されています。特に近年、個々の複合体が宿す「個性」が大きな注目を集めています。構成因子のわずかな差異が機能に変化をもたらす可能性は古くから指摘されてきましたが、その実態は謎に包まれたままでした。私たちは、最先端の解析技術を武器にこの未踏の領域へと切り込み、巨大分子複合体の精緻な設計原理を解き明かそうとしています。
老化の根源に迫る:翻訳停滞の蓄積と品質管理不全の分子メカニズム
生体内における蛋白質恒常性(プロテオスタシス)の維持は、生命活動の根幹をなす生存戦略です。しかし近年の解析により、老化の進行に伴って翻訳プロセスにおける「リボソームの停滞」が有意に増大し、異常蛋白質の蓄積を誘発することが明らかになってきました。この翻訳レベルでのエラーと、それに続く不良蛋白質の凝集体形成は、アルツハイマー病をはじめとする加齢性神経変性疾患の病態形成において、極めて重要なリスクファクターとなる可能性が示唆されています。一方で、老化という時間軸の中で「なぜ翻訳停滞が加速し、異常産物が蓄積するのか」という分子メカニズムは未解明のままです。本来、細胞には翻訳異常を検知・解消する高度な品質管理機構が備わっていますが、老化に伴いこれら監視システムがどのように機能不全、あるいは活性変容をきたすのか、その詳細は依然としてブラックボックスの中にあります。
私たちは、独自に見出した品質管理因子の動態に着目し、老化過程における翻訳停滞の発生源から、その産物が蓄積・凝集に至るまでの全容解明を目指しています。
マルチオミクスから1分子解析まで:生命の深淵に迫る技術の融合
複雑な生命現象を射抜くため、特定のスケールに縛られない多角的なアプローチを展開しています。RNA-seqやRibo-seq、プロテオーム解析を統合した「マルチオミクス」で細胞内の事象を俯瞰的に捉える一方、高度な「試験管内再構成系」を構築し、個々の分子の振る舞いを精査します。調整したサンプルをHS-AFMやCryo-EMで解析することで、巨大複合体の動態や構造を1分子レベルの解像度で実証します。 「マクロな俯瞰」と「ミクロな検証」の融合こそが、私たちの研究の真骨頂です。